これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬもあふ坂の関

百人一首

作者

蝉丸(9世紀後半頃)

意味

ここがあの、京の都から出ていく人も帰ってくる人も、知っている人も知らない人も、別れてはまた出会うことを繰り返すと言われている逢坂の関なのですね。

解説

逢坂の関は、山城(京都)と近江(滋賀)の境にあった関所。美濃の不破の関、伊勢の鈴鹿の関と並んで、日本三関の一つとされた難所です。街道の人々の往来の様子が描かれています。

べつにふつ~じゃん!
と思いますよね。

でも、7世紀の大化の改新以前は、日本には奴婢(奴婢)という奴隷階級の人がいて、豪族や権力者たちの私有物になっていたのです。それが、大化の改新によって律令制ができ、奴婢の制度もなくなりました。
天皇陛下の元に、国民がみな平等に生活することができる、だれでも旅行・移動することができる。誰もが人として生きることができる社会であることの喜びを表した名歌だという説もあります。

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